名人戦 :-)


物事を大げさに書いてみるテスト。


っていつもそんな感じか。




 風に揺らぐ草の音さえも静寂を際立たせるとある庭園の一角に、その庵は建っていた。
 和装に身を包んだ老齢の男。上座に座るその老人は齢九十を数えて尚、名人と呼ばれ続けている。果たして彼が初めてその名で呼ばれたのはいつのことだったか。彼自身の記憶にすら残っていないのかも知れない。それ程迄に彼は、彼こそが「名人」であった。
「今日も胸を借りますよ」
 言葉とは裏腹に自身に満ちた表情で頭を下げたのは、名人と相対して座す壮年の男だった。「神手」「二の手要らず」とも呼ばれる挑戦者も、やはりこの道に入ったのがいつの事だか憶えていない。
 誰に言われるでもなく、誰におもねることなく。
 彼らは生まれながらにしての指し手であったのだ。


――時間です。


 傍らに控えた読み上げ役が静かに声を掛ける。
 やりますか、そう「神手」が声をかける。
 「名人」は天井を越えて空を見つめるように上げていた視線を対局者へと向けた。


――始めてください。


 読み上げ役の合図が掛かる。
 しかし「神手」が選択したのは長考だった。<どう攻める? どう合わす?>
 勝負自体はそう難しいものではない。
 勝つか、負けるか。
 しかしその単純さに人生を掛けた「神手」にとってここは正念場。<読め、読みきれ名人の一手を>
 相手は名人。それも初代名人になってから六十年以上名人位を守り続ける最強の男だ。ここで読みきれねば負けは必至。敗北は必定。
 だんだんと「神手」の額に汗が浮かぶが拭う余裕もない。


――二十秒。十九、十八・・・


 遂に秒読みが始まる。
 「神手」はきっと面を上げ、「二の手要らず」と呼ばれたその右手を振り下ろした。


――先手、高橋七段。ぐー。


 それを見て取った「名人」はゆっくりと、しかし確実に右手を差し出した。その動きは正に貫禄。不遜な挑戦者を退けるに充分な。


――後手、吉田名人。ぱー。


「・・・参りました」
 震える拳を左の掌で包み、「神手」は頭を垂れた。


 じゃんけんの道は狭く険しい。
 後の世に永世名人と謳われた吉田名人は、齢百十を越し自分の名前が思い出せなくなる時まで名人位を守り続けたという――