名にかけてみる。 :-|

金田一少年の事件簿を御存知だろうか。
かの名探偵、金田一耕助の孫である金田一一が行く先々で殺人事件を起こし、
犯人をでっち上げて完全犯罪を目論む漫画だ。


もちろん嘘だ。
でも体は子供、頭脳は大人な彼はほんと周り死に過ぎ。


さて我らが金田一少年だが、彼の決め台詞として有名な
じっちゃんの名にかけて!
を知らぬ人は殆どいないであろう。
私は彼ほどじっちゃんの名にかけた男を寡聞にして知らない。
というわけで与太話。


他人の家計図を暴くことが三度の飯より大好きな爺さんの名にかける彼を我々ももっと見習うべきではないだろうか。
名にかける、つまり偉大なる先人の名を出すことにより言葉に説得力を与え、さらに先人の名を背負うことにより大いなる責任を己の肩に背負うのだ。


わかり易く小説形式にして例を挙げてみることにする。




 とあるフレンチレストラン。
 食事を終えた男女は食後のコーヒーを飲みながらどこか空虚な会話を交わしていた。彼女はこれから話されるだろう本題を知っていたし、彼は切り出すタイミングを計りきれず言葉を連ねていたからだ。
 カップの中で琥珀色の液体が冷め切った頃、ぽっかりと空いた言葉の空白にようやく男はチャンスを見た。
 女の手を取り小さな、そう、ちょうど指輪が入りそうな箱を乗せる。
「結婚しよう。聖ヴァレンティヌスの名にかけて」
 女は小さく頭を振った。
「できないわ」
 そっと男の手を外し、正面から見つめる彼女の目からは哀れみが伺えた。
「少なくとも今のあなたとは。夢をみているだけじゃ人は生きていけないのよ? チャップリンの名にかけて」
「そんな事はないさ。人には無限の可能性があるんだ」
「私もそう思ってる。でもあなたの言う無限と私の言う無限では、ゲオルグの名にかけて無限性の濃度が違うのよ」
 女は立ち上がる。
「あなたといて楽しかった。でも楽しいだけじゃ一緒になるなんてできないの」
 男は慌てて女の手を掴む。
「待てよ。それは今までの話だろ? 俺だって変わっていくんだ。仕事も見つかった。地味だけど、安定した仕事だよ。これからなんだ。過去(うしろ)を振り返るなよ! オルフェウスの名にかけて!」
「あなたのその言葉を何度聞いたと思ってるの?」
 女は男を振り切り店の外に出た。
「終わったのよ。私はもう後を振り返らないわ。伊弊諾(イザナギ)の名にかけて」
 男は追いすがる。
「くそ、出て来いロボっ!!」
 路地の影から高さ2m弱の人型機械が現れた。それは男の夢の結晶。まともな人生を捨ててまでかけた発明への情熱の集大成。そして女に愛想つかされた原因でもあるロボットだった。
「あいつを捕まえてくれロボォ!!」
 機械の下僕はしかし抗う。
「3原則ニ反スルコトハ、デキマセン。あいざっく・あしもふノ名ニカケテ」
「なにぃぃいいい!?」
 男の怒号が響き渡る中。女は滑る様に男の至近まで入り込む。
「あなた、そこまで堕ちたのね」
 女の哀しい笑顔に、男が感じたのは激しい恐怖だった。
「な、なんだよ」
「この一撃で決めるわ。マス大山の名にかけて!」
 それは芸術的ですらある一撃の正拳突き。
「うわぁああぁぁあぁああ!!」
 男は慣性の法則を体現するが如く直線的に吹き飛んだ。ニュートンの名にかけて。


 翌朝、路地裏で目覚めた男の手には渡したはずの指輪と「さよなら」と書かれた一枚のメモ。傍らにロボ。
「夢を見たっていいじゃないか! 相田みつをの名にかけて、人間だものぉぉおおお!!」
 男の悲しい叫びが動き始めた都会の喧騒に飲み込まれていくのだった。




わかっていただけただろうか。「名にかける」事の素晴らしさを。
私にはわからなかった。


本当にごめんなさいとしか言いようがないのでこの辺で。