ミステリ :-(

おそらく皆さんも一度は経験しているでしょうが、
ミステリー小説界に新風を吹き込もうと考えた時期が私にもありました。


普段使わない字の大きさを変えたりするのを多用してみた。
ではどうぞ。




「さて、皆さんに集まってもらったのは言うまでもありません」
 畜生。あと一人、あと一人なんだ。
 俺はロビーに集められた人の中に混じりながら必死で無表情を装った。
「は、犯人がわかったんですか」
 衛藤が言わずもがなのことを口走る。
 奴はわかっているんだろう。次に殺されるのは自分だって事を。
 そうだよ。次はお前なんだ衛藤。13年前に晶子を新薬の実験台にして殺した医学生のメンバー四人。カルテを改竄して裁きを逃れた四人。今生きているのはお前一人だからな。
 晶子。あと一人なんだ。力を貸してくれ。
「先生、持ってきました」
 探偵の助手が箱を持ってくる。
 箱。大きな箱だ。鉄箱だ。この探偵は推理を披露する時、必ずこの鉄箱を持ってこさせるそうだ。<鉄箱探偵>の異名の由来でもある。その鉄箱―掃除道具入れのロッカー並みの大きさがある―は鎖と錠で大げさに封印されていた。よく見ると何かにぶつけた様な傷や凹みが無数にある。
 あのトリックが解かれたとでも言うのか? 晶子の死の真相を知ってから十年。十年掛けて仕込んだ完全なる復讐のトリックを。
 待ってくれ、衛藤さえ殺せれば後はどうなったって構わないんだ。だから頼む。もう少し、後一日あれば殺せたんだ。
 いや、十年掛けた復讐の舞台に偶々探偵が居合わせてしまった時点で運なんか尽きているか。
「早く犯人を教えてください!!」
 真理子ちゃんが探偵に詰め寄る。
 あいつらを殺す為の舞台として創めたこのペンションだが、真理子ちゃんはよく働いてくれた。知り合ってもう五年になるのか。この間「こんな山の中にずっと居たら彼氏なんてできないぞ」と言ったら真っ赤になって怒ってたっけ。
 すまん真理子ちゃん。でも俺はこうするしかできなかった。
「まあ焦らずに。順を追って説明しますので」
 事件解決率100%を誇る鉄箱探偵は余裕を見せている。
 事件解決率100%。しかしどういう風に推理を披露するのかは誰も知らない。今まで現場に居合わせた者全てが口を噤んで話さないからだ。
 俺も自分が犯人じゃなかったらこの状況を楽しめただろうか。
 探偵は一同を見回す。
「ここに集まって頂いたのは最初の被害者、沢木さんが殺された時からこのペンションに居た全員です。まあ、第二、第三の被害者である奥田さんと吉村さんは当然ここにはいらっしゃいませんが」
「外部犯の犯行の可能性は?」
 しくじった。探偵はまだこの中に犯人が居るとも言っていないじゃないか。動揺しているのか、俺は。
「その可能性は無いでしょう。犯人によってボートが壊されている以上、この島から脱出する手段は無いし、この島に他の人間が居ないことは全員で確認したでしょう?」
 探偵は俺の失言に気付かなかったように一同に確認を取る。
「今、私は武智君(探偵の助手だ)にお願いして皆さんに集まって頂きました。しかし誰か欠けていませんか? ここに居るべきもう一人の人物が」
 その言葉に全員がお互いを見る。そうだ、菊田さんが居ない。だが何故だ? 菊田さんは偶々運悪く居合わせただけの泊り客なのに。大阪でOLをしていると言っていた、この事件には何の関係も無い人間だ。犯人の俺ならばこそ断言できる。
「この事件は複雑怪奇を極めました。私の推理が間に合わず、3人もの連続殺人を許してしまった・・・。しかし全ての謎は解けました。では今こそ、皆さんが一番知りたがっていることをお教えしましょう。犯人は――」
 探偵はそれを指差した。




 鉄箱を。


「――この中にいます!!」


 ぇぇぇえええええええ!?
「ちがう・・・・・・ちがうんですぅ・・・・・・」
なんか聞こえた!? あの声は菊田さん!?
 唖然としている一同を前に探偵は「んん?」とか言っている。
「武智君」
「はい先生」
 助手の武智がバットを振りかぶり鉄箱を殴りつけた。
「ひいぃぃっ!!」
「菊田さん、あなたさっき認めたじゃないですか」
「それは・・・」
「武智君」
「はい先生」
 武智がバットを振りかぶる。
「ひぅっ!! やりました!! 私がやったんです!!」
「そう、あなたが犯人です。菊田さん」
 菊田さんの声は明らかに泣き声だった。あの鉄箱の傷や凹みの原因がわかったが、思いっきり冤罪だろう!! ってか、探偵ってそういうもんじゃないだろう!!
 犯人が言うのもなんだけどさ!!
「あの、奥田さんが殺された時のトリックは解けたんですか? 確かに菊田さんは一人で部屋に居たのでアリバイは無いですけど、橋が落とされたので誰も奥田さんが居た小屋には近づけなかった筈では?」
 余りに可哀相過ぎて思わず口を挟んでしまった。このまま菊田さんが犯人として一時的捕まってくれればその間に衛藤を殺せるのに。
 他の面々もそうだそうだと探偵に詰め寄る。皆菊田さんが見ていられないのだろう。
元から鉄箱の中で見えないが。
「ああ、あのトリックはですね、本人に説明してもらいましょう」
 無理だ、やってもいないのに。案の定菊田さんは答えられない。
「・・・わかりません」
「武智君」
 振るわれるバット。
「ごめんなさいぃぃ・・・でも私じゃないからわかんな――
「武智君」
 バット。
 もう鉄箱からはすすり泣く声しか聞こえない。
「菊田さん、もうなんでも良いから言ってみてください。思いついたことで良いんですよ? 何かあるでしょう?」
(推理してないのかよ!!)
 皆の心は今、一つだ。衛藤とさえ今なら分かり合える気がする。まあその後ちゃんと殺すけど。
 菊田さんは楽になりたい一心で口を開いた。
「なんか・・・すごいパワーが湧いてきて、向こう岸まで、ぴょーんって・・・」
 かなり頭の弱い子な発言だったが探偵は満足そうに頷く。
「私の考えた通りです」
 ダメだ。こいつかなり、いや完全にダメだ。
「では吉村殺しのトリックについても菊田さんから語って頂きましょうか。もちろん私は既にわかっているんですが」
 嘘だと言えない心の弱さを許してくれ、菊田さん。
 罪悪感で死にそうになる。
決めた。衛藤の次はこいつだ。
「わたしあの時は皆さんとごはん食べて――
「武智君」
 鉄箱が横に10センチずれる程のフルスイング。
「のろい!! 呪い殺したんです!! だからもう叩かないでぇっ!!」
 探偵はやれやれと首を振る。
「違うでしょう? 吉村の死因は胸の刺し傷でしょう?」
「だってわたしやってな――
「武智君」


「俺がやりました!!」


 気が付いた時にはもう、13年前の事から今に至るまでの全てを話していた。動機、トリック、次は衛藤を殺そうとしていたこと。その次は探偵をやろうとしていたこと(このとき何故か一同が頷いていた)。
「だから菊田さんを解放してくれ!!」
 探偵はこうのたまった。
「私には全てわかっていましたよ」
 とりあえず全員で殴った。武智は探偵の指示がないと動かないらしく半開きの口で遠くを見ていた。ついでに衛藤も殴った。ちょっとすっきりした。
 晶子。
 敵は討てなかったけど、これでいいよな? な、晶子――


 こうして鉄箱探偵はまた一つ、事件を解決したのだった。




ミステリー小説界に新風を吹き込もうと考えた、だけで終わっといて良かった。